海外移住

【体験談】イギリス留学をした女子大生がどうしても伝えたい、リバプールという街の魅力

くま吉くん
くま吉くん
どうも、くま吉です(@BobiRockByKuma)

今回のライターさん

Name:Oさん
Age:女性22歳
2018年4月~2019年3月 リバプールにて語学留学(留学時は大学3年生)
リバプールという街の魅力を語る

このブログは私が海外移住をするまでの過程を綴るブログです。
ですが、まだまだ私自身が行ったことのない国はいっぱいあるし、知らない事がたくさんあります。

もっともっと海外の事を知りたい、でもネットにありふれてる情報じゃなくて実際に経験したリアルな声を聞きたい。

そしてこれは私だけじゃないはず。

なので『貴方だけが知っている海外経験をシェアさせて欲しい』と思いました。

今回のこの記事は私の友人の実体験になります。
彼女が実際にリバプールで留学した彼女自身のリアルな声です。

この記事をきっかけに海外の魅力が少しでも伝われば幸いです。

\こんな人に読んで欲しい/
  • 語学留学を考えている人
  • イギリス留学に興味がある人
  • ロンドン以外の街についても興味がある人

どうしても伝えたい、リバプールという街の魅力

2018年4月。

徹夜してなんとか詰め終えた巨大なスーツケースとリュックサックをもって、わたしは中部国際空港にいた。

 

そこから香港まで約4時間のフライト、

10時間ほど待機したのち、

マンチェスター空港まで14時間。

 

合計1日以上の時間を費やして、

わたしは憧れのイギリスに降り立った。

(イギリスに着陸する直前、飛行機の中からとった写真。イギリスらしい茶色く均等に並んだ住宅地が見え、はしゃいだものだ。)

 

そこから約1年間、正確にいえば11カ月。

学生ビザが終わるギリギリまで、

わたしはイギリスのリバプールという街にいた。

 

ビートルズの出身地であり、有名なサッカーのクラブチームがあるリバプールは、日本人にもそこそこ知名度があるから、この街の名前を聞いたことがある人は多いと思う。

 

だけど、有名なものってそのくらい。

リバプールに行く

と決めて、周りに告げたとき、

 

「リバプールってビートルズの?(またはサッカーの?)イギリス?どこにあるの?なんでリバプールなの?」

 

いつも決まってこう問われた。

その度にわたしは、

「うーん、港町…だから…?あと、ビートルズ、すきだし、なんか、イギリスの、ロンドン以外の場所って気になるから」

となんだか曖昧な答えをしていたと思う。

 

そう、かくいう私も、留学先をこの街に決めるまで、ビートルズがいた港町、というくらいの知識しかなかったのだ。

 

けれど、そのあと1年をそこで過ごしたわたしは、気がつけばリバプールという街のとりこになってしまっていた。

 

いや、今改めて考えてみると、私は留学先をリバプールと決めた瞬間から、他の街にはない魅力を感じ始めていたのかもしれない。

 

そしてその愛は日本に帰ってきてから、ますます膨れ上がっているように感じる。

 

でも、それはどうしてだったのか。

いい機会だから、この際まとめてみようと思う。

 

とはいえ、リバプールについての日本語の情報って、ネット上ですら少なくて、改めてびっくりしているのだけど…

 

とりあえず今回は、リバプールとはどんな街なのかについて、簡単にご紹介しようと思う。そして、留学先を決めてから到着するまでの話や、なぜ私がリバプールを選んだのかということなんかも、織り交ぜて書いていきたい。

リバプールってどんな街?

まず、こちらがWikipediaによる基本情報。

リヴァプール(Liverpool)は、イギリス・イングランド北西部マージーサイド州の中心都市である。面積は111.84平方キロメートル、2015年の人口は47万8580人。かつてはイギリスの主要な港湾都市であったが、世界的ロック・バンドであるザ・ビートルズの出身地であることから、いまでは観光都市として知られる。2008年の欧州文化首都の一つ。”

リバプールの大きさ

一応、イギリス都市人口ランキングでは4位にランクインしているリバプールだけど、日本の政令指定都市で1番小さいと言われている神奈川県川崎市ですら、面積は140平方キロメートルくらい、人口はリバプールの倍以上あるらしいから、私たち日本人の感覚で比べてみると、すごく小さい街だと分かる。
(今調べて知ったけど、わたしの出身地である愛知県の田舎町より小さかった)

リバプールの歴史

リバプールは18世紀に貿易港として栄え、イギリス産業革命ののち、19世紀にはロンドンに次ぐ大英帝国第二の都市にまで発展した。

ちなみに、有名なタイタニック号は、リバプールを母港とするホワイト・スター・ラインという会社が造ったものだ。
(わたしのステイ先の近所に、タイタニック号の船長がかつて住んでいた家があったのには驚いた。しかも友人宅の真隣だった。)

第二次世界大戦後には経済、貿易不振により街は一時衰退したが、ビートルズの活躍や大規模な再建計画により、海商都市から観光都市へと変化。現在はユネスコによって、一部の地区がまるごと「海商都市リヴァプール」として2004年に世界遺産に登録されたり、主要音楽都市に認められたりしている。


(かつて造船所だった、アルバートドックと呼ばれる私のお気に入りの場所。現在はレストラン、カフェ、ミュージアムなどが入った観光地だ。この周辺地区が世界文化遺産となっている。)

結局のところこんな街

まあ、いろいろと堅いことを書いたけど、ものすごくかみくだいて言えば

 

「イギリスの北の方にあって、昔はものすごく栄えてた貿易港だったけど、今は一転、優れた文化や芸術によって観光都市として発達した上、一部が世界遺産にもなっている、イギリス国内でいえばまあまあ大きい街。」

 

これがリバプール。


(大聖堂のてっぺんから撮ったリバプールの街)

留学先決定から到着まで

留学先を決定する (留学5ヶ月前)

実際にリバプールに到着したのは(本当なら)大学3年生になるはずの4月だったけれど、イギリス留学という事自体を決めたのが2年生の冬休み。12月くらいのことだった。

ハリーポッターの世界にのめり込み、気が狂うほど読み漁り、
(当時の私はあの分厚い本を毎日持ち歩いていた。今考えるとどうかしている…)

ホグワーツからの手紙をひたすら待ち続けていた小学生の頃から、いつかイギリスに行くんだ!

という夢は長年持っていたけれど、いざイギリス留学をするとなると、実感がなくて、出発までずっとフワフワとした気持ちだった。

とはいえ、その冬休みから出発日まで時間はあまりなかったし、やることはたくさんあったから、呑気にフワフワとしているだけ、というわけにはいかない。

留学先と留学方法を決める (留学4ヶ月前)

私の場合、はじめての留学だったし、せっかくならこだわりたかったので、まずは大学の信頼できる教授に相談した。

そこで、教授の助言と共にイギリスの地域ごとの特徴を集め、留学方法を絞った。

その結果、short-term study visaという最大11ヶ月滞在できる短期学生ビザをとり、語学学校へ通うことにした。
(このビザは、英語のレベルを証明する必要がないため、英語力が足りない人でも、滞在資金と語学学校の入学許可証さえあれば、割と簡単に取ることが出来る。お金は用意できているから、とにかく飛び出したい!という人にはおすすめである。)

最初、私の大学が提供しているセメスター留学や交換留学も考えたけれど、

どうしてもイギリスに行きたかった私は、あまりに選択肢が少ない大学内の決まったプログラムに気乗りせず、どうせ行くなら、自由に場所も期間も選んじゃいたい!自分ひとりで行ってみたい!と思い、大学を思い切って休学するという選択をした。

留学会社選び、そしてビザ申請 (留学3ヶ月前~)

そこから留学会社を5社ほどハシゴ。迷った末に決めた会社と共に、語学学校選びでまた迷う…。優柔不断な私にとってきつい作業だった。

留学を経験した今なら、エージェントを頼らないという手も全然ありだと思うし、もう一度行くなら多分自分でやってしまうかもしれないけど、何しろ初めての経験だったので、(それに一人だと悩みすぎて結論を出せそうになかったので)この時の私は留学会社決めから慎重だった。

*実は、イギリス滞在中、食中毒になって1ヶ月ほど苦しみ、入院したという経験があり、その際に保険についてなどいろいろ考える必要があったのだが、私が苦しんでいる間に全部手続きなどを済ませてくれていたようで、留学会社には本当に助かった。
この経験についてはまたいずれ書きたい…。

 

そのあとは留学会社の人と書類を揃え、学生ビザを申請しに大阪まで行った。

その際、滞在費用の証明が必要だったのだが、向こうでの生活費以外は両親が工面してくれたため、心配する必要はなかった。本当に感謝。しかし同時に、

「ああ、もう後戻りはできないんだな、応援してくれるからには絶対日本に帰らない。がんばろう。」

と、ビザ申請を終えた帰り道に電車で誓った事を覚えている。

ビザの申請が通るか一応ハラハラはしていたので、実際に手元に届いたときは、やはりホッとした。

留学先決定後の不安

無事にホストファミリーも決まり、よろしくお願いします。というメールを送り、航空券を手配し、あとは出発するだけ!となったのは本当にギリギリだった。

確か、4月のあたまくらい。
(もっと早くから考え始めておけばと後悔したけれど、私は留学先をかなり迷ったので、結果的に仕方ないかなとは思う。ただ、人によっては春出発でも夏ぐらいから考え始める人もいるらしいので、速いに越したことはない。)

ぶっちゃけ、リバプールに行くと決めてからそこに至るまで、くわしく調べる時間があまりなかったから、そこからは毎日リバプールについてネットで調べていた。
(Googleアースを使って滞在する予定のホストファミリー宅やシティーセンターの周りを見たりなんかもしていた)


(ステイ先の近所。同じような家が並ぶので、正直Googleアースで見つけるのは難しかった。実際に着いてからも、慣れるまでかなり戸惑った。)

 

けれど、そんな風にネットを覗いていると、

「リバプールやマンチェスターの治安はあまり良くない」

「ギャングがいるらしい」

「できれば日帰りで帰るべき地域」

 

という声が多いことに嫌でも気が付いてしまう。

 

分かってはいたけれど、やはり日本人には、「イギリス北部は治安が悪い」という固定概念があるらしいという事を、改めて突きつけられた。

 

そういえば、両親にも「なんであんな暗くて寒くて危なくてビートルズ以外なにもなさそうな街を選ぶんだ」とよく言われた。(なかなかひどい)

(たとえイギリスであっても、春から夏にかけては外で日光浴をする人々の姿をよく見た。写真は大きなショッピングセンターの近くにある人工芝の階段。晴れた日に座るのが気持ちいい。)

…中でも、留学会社をハシゴしている際にとある会社でした経験のことをよく覚えている。

担当のお姉さんに、

「留学先はイギリスで、マンチェスターかリバプールを考えている」

という旨を伝えたら、

北部は労働者階級の人が多いし、治安が悪いと言われているから、若い女の子1人、しかもアジア人、となると留学先としてあまりおすすめしないかな」といわれた。

 

そしてお姉さんは、

 

「かわりにロンドンとかオックスフォードはどう?ちょっと値は上がるけど、綺麗だし、あなたが想像するイギリス像そのままの街並みだよ!比較的治安もいいからアジア人にも安心で。あ、ケンブリッジなんかもおすすめかな…(以下省略)」

 

と勝手に話を進めていった。

…なるほど、だから北部には日本人が少ないって言われているんだな、と、ちょっと納得した瞬間であった。

反面、絶対信じねえぞ、という謎の対抗意識がわたしの中で燃え出し、結局その留学会社には二度と電話しなかった。

 

そして最終的にはその助言をガン無視し、わたしはリバプールを選んだのだった。

なぜリバプールだったのか

イギリスのロックミュージックを産んだ、リアルな場所

なぜあの時あそこまでこだわったのか、聞かれると少し困るけど、どうしても私は、キラキラとしたイメージのロンドンやオックスフォードやその他、お姉さんのいう「私たちの想像するイギリス像そのままの街」ではなく、北部という、先程書いたような複雑な歴史を持ち、労働者がリアルに生きていた場所に行ってみたかった。

さらに、私の大好きなイギリス音楽を、その始まりとなる伝説的なバンドを、どのようにあの街は生み出したのか、すごく興味があった。

現在の日本の音楽だって、きっとあの街抜きじゃ考えられないだろう。

その始まりの場所を、この目で確かめに行きたかったのだと思う。


(有名なビートルズ像)

 

そして、ただのゲストや旅行者、留学生としてではなく、そこの人間になり、暮らし、馴染んでみたかったのだ。

日本人が少ないらしいということも承知の上(むしろそれはチャンスに思えた)、ロンドンより自由でリアルなイギリス生活ができるんじゃないかという気持ちから、私はリバプールを選んだ。


(リバプールで初めてできた友達達。フランスやスペイン、ペルーなど、国籍はさまざま)

リバプールの過去、そして現在

そうやって実際にそこに住み、人々に触れ、歴史を学んで改めて気がついたこと、疑問が確信に変わったことは、思った以上にたくさんあった。

 

日本では、第二次世界大戦によって衰退した後のスラム化した北部のイメージが強いのかもしれないということ。

そして、そのイメージと、現在の姿には大きなギャップがあるということ。

にもかかわらず、日本人がびっくりするほど少ない地域だったこと。

 

これらの発見はその一部で、思っていた倍、リバプールはいい街だった。

その一方で、わたしにとって少し悲しいものでもあった。

 

だって今現在、この瞬間も、リバプールはまだまだ進化し続けているんだ。

それが日本人に知られていないなんてもったいない、と。

おわりに

少し前、友人との卒業旅行として1週間弱という短い期間だけど、リバプールに戻ることができた。

 

そこでわたしは驚いた。

新しいカフェ、レストラン、オシャレな雑貨屋、レコード屋、パブ、クラブなんかが、私がいた時期と比べ、さらに増えていたからだ。

 

わお、

 

リバプールはまだまだ発展するつもりなんだな、と、ちょっとうれしかった。

と同時に、日本人がこの街の魅力に気づかないなんてすごくもったいないな、とも思った。

 

そう、実際に飛び出してみないとわからないことって、この世界にいっぱいある。そしてきっとそれはリバプールだけじゃない。

 

わたしは多分、そんな生き方の方向性みたいなものをリバプールという街から教わった。

 

だからこそ、あの街の魅力を皆にも伝えたい。

 

こんな事を書いたけれど、もちろんイギリス滞在中、ロンドンにも何度か行った。いつ訪れても相変わらず刺激的で大好きな街だし、私にとって永遠の憧れの場所だ。

だけど、リバプールに対する気持ちとは少し違う。

そんな、特別な思いを持てる場所を見つけられたことは、すごく幸運だったと思う。

 

というわけで、次回から、わたしが好きなリバプールのアレコレを、ひとつずつ、書いていこうと思います。

 

単純に、リバプールの魅力を日本人のみんなに伝えたいというのもあるけれど、留学してみたい、海外に行ってみたいと考えているんだけど何となく一歩踏み出せない人、イギリスについてもっと知りたい人にも刺さるものが書けたらいいな。

 

くま吉くん
くま吉くん
その2へ続く

 

ABOUT ME
くま吉
早期冬眠(アーリーリタイア)を夢見るくま。 投資と副業で海外移住を目指す!! 収入増,支出減の方法と英語を勉強中!! TOEIC855 / FP2級 / 宅建合格
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